

念願だったポルトガルの旅は、激しい雨と度重なるハプニングに迎えられスタートしました。
始まりはリスボンの市内観光から。
大航海時代のモニュメントや、300年もの年月をかけて完成したというジェロニモス修道院をめぐり、美味しいポルトガル名菓「Pastel de Nata(エッグタルト)」をいただき、次に目指すのはアルファマ地区です。
アルファマ地区
中心街の東に広がるのがアルファマ地区です。
このアルファマ地区には、リスボン市内で最も古い町並みが今も残されています。
丘の上にはサン・ジョルジェ城跡、そのふもとには迷路のように路地が広がっているこのエリアは、地元では「リスボンの下町」と呼ばれているのだとか。
ひとまずベレン地区から市電で中心地点のフィゲイラ広場に戻り、そこから市バスに乗り換え、丘の上にある城跡「サン・ジョルジェ城」へ向かいます。
このバスというのが、すごかった。
急こう配が続くリスボンの町を、ぐいぐいと小型バスで上っていくのですが、バスから眺める「急な坂」は、ヘビーウォーカーの私でも「ちょっと勘弁」なレベル感。
ここだけでなく、リスボンの町全体がこうした急こう配の坂が多く、なるほどリスボンが「ケーブルカー」で有名な理由がわかるというものです。


サン・ジョルジェ城は、ユリウス・カエサルの時代にローマ人によって「要塞」として建設されたお城です。
最初の要塞化は紀元前2世紀ごろであると言われていますが、その後、何代にも渡って様々な人種からの影響を受けながら、多くの帝国や王国により次々と支配されてきた歴史があります。
城からはリスボンの町を一望できますが、この日はあいにくのお天気で、、、

城跡の敷地は結構広くて、ゆっくり歩いて見学しているとそれなりの時間がかかります。
こんなお天気だったからか、人影もまばら。
本来なら観光するにはもってこい!と喜ぶべきところですが、人がいないにはいないだけの理由があるのでね。(笑)


私たちも疲れと降り続く雨で、お疲れモードではありましたが、せっかくここまで上がって来たからには隅から隅まで見学して行こうじゃないかっ!と、傘を差しながら、城跡をぐるりと1周。
晴天だったら、さぞ美しい風景だったでしょうね … 残念。



最後の写真の上の方、うっすら見えるでしょうか、、、テージョ川。
晴れていればリスボンの町とテージョ川の風景が奇麗にみられるはずなのですが、、、。



少しだけ雨も小降りになってきたので、サン・ジョルジェ城の見学を終えた私たちは、ポルトガルの風情あふれる旧市街を散歩しながらふもとの町まで下ってきました。
歩けど歩けど風情ある石畳の細い道が続くアルファマ地区の旧市街。
この辺りにはロマネスク様式の大聖堂カテドラルなどの教会や、リスボン市内を見渡せる「ポルタス・ド・ソル広場」、「サンタ・ルジア展望台」などがあります。
予定としては、展望台を周って降りてくるつもりだったのですが、何と言ってもこの悪天。
お城からの景観ですでに霧がかっているのが分かっていたので、展望台はスキップ。
そのまま坂を下り、階段を下り、テージョ川のほとりまで下りてきました。



リスボンの市電
リスボンには20世紀初頭から使われているレトロな市電が今も現役で走り続けています。
車内も木製で風情たっぷり。



ただし、運転手さんたちは少々気象の粗い人が多かった印象。
皆さんとっても陽気で親切なのですが、交通渋滞や車の迷惑運転など、日本の公共交通機関の運転手さんでは考えられないくらいの勢いで、窓から顔を出してストレートに言葉をぶつけあっていましたね。
怒鳴り合ってた。(笑)
そういえば、バスの運転手さんもけっこう荒々しかったな。
でも、これはポルトガルの国民性というか 、、、彼らにとっては自然な日常なんでしょうね。
なにごとも自分が経験したことのない文化に触れると、驚いたり、時として否定してしまいがち。
でも、それって自分が幼いころから見聞き経験してきたことが、自分の生活や習慣価値観の「あたりまえ」になっているだけで、違う環境や習慣の中で暮らしてきた人々にはその人たちの「あたりまえ」がある。
私は海外へ出かける度に、そんなことを肌に感じながら、いつも学ばせてもらってきた気がします。
バイシャ~バイロ・アルト地区
バイシャとは、低い土地という意味だそうです。
その名の通り、ふたつの丘に挟まれているバイシャ地区には、デパートやレストラン、カフェ、土産店などが立ち並び、昼夜を通してリスボンで最も賑やかな繁華街です。

高低差の激しいリスボン市内には3つのケーブルカーが設置されています。
その中でも最も有名なのがこの「ビッカ線」。
狭い道の両脇にはびっしりと家が立ち並び、その先にはテージョを望むことができるという絶景。
もちろん、この日はな~んも見えませんdしあが。(笑)
リスボンを象徴する風景として、よく観光ガイドやポストカードにも写真が使われています。
私たちはこの BICA のケーブルカーに乗って、丘の上にあるアイロ・アルト地区まで足を延ばそうと、アルファマ地区からテージョ川沿いに西へ向かいました。



ただ、このケーブルカーの乗り場がわかりづらかった!
片手に傘、もう片方の手に地図を持ち、ひたすらケーブルカー乗り場を探して歩きます。
地図上で観る限りでは「まっすぐ行ったら右手に乗り場が見えてくるはず」なのに、いっこうにそれらしき建物はナシ。
歩いても、歩いても、辿り着きません。
今回の旅は、とにかく歩く、歩く。。。
通常であれば、アルファマ地区からこの BICA のケーブルカーまでは徒歩20分程度の道のり。
すでに40分くらい経過していたので、あまりにも遠すぎないかい?となり、いったん立ち止まって地図とにらめっこ。
どいやらいつの間にか通過してしまってる案が浮上。
大きなため息とともに、私たちは今来た道を引き返すことになりました。
もうね、友人との会話は必要最小限。
お互い疲れきっちゃっていて、降り止まぬ雨音を傘越しに聞きながら、ずーっと下を見てだた、ただ、歩く。(笑)
そしてついに発見!



1枚目の「ASCENSOR DA BICA」と書かれた写真が、ケーブルカー乗り場の入り口です。
これ、普通にアパートメントの入り口に見えませんか?
ずらーっと道路沿いに立ち並ぶビルの中のひとつに、この入り口があって、中へ入ると小さな改札がありました。
ふーっ、長いお散歩でした。(笑)
改札の向こうには、可愛らしい黄色と白色のツートンカラーのケーブルカーが止まっていて、タイミングが良くすぐに乗車できたのですが、乗客は私たち二人のほかに4~5人だったと思います。
天気が良いベストシーズンにはきっと、順番待ちの列がずら~っとできるのかも知れませんが、この日はスキスキで。
このケーブルカーの傾斜、写真で見ると大したことがなさそうに見えますが、けっこうな傾斜の坂です。
歩いて登ろうと思ったら、かなりハードな距離と高低差があると思います。
ケーブルカーが3つも設置されているこのリスボンの町ですが、なんと地区間の移動をするための「エレベーター」まで設置されています。
マンションならぬ、隣の地区へ行くのに垂直エレベーター!(笑)
このエレベーターの内装がとてもレトロな雰囲気で、エレベーター内というより昔の駅舎の待合室みたいな感じ。



サンタ・ジェスタのエレベーターは、20世紀初めに、パリのエッフェル塔を設計したエッフェルさんの弟子であるフランス人の建築家によって造られました。
高さ45m の鉄塔の内部に設置されているエレベーターが、低地にあるバイシャ地区と、高地にあるシアード地区を結んでいます。
そして、エレベーターの終着点には隣接するバイロ・アルト地区へと続く連絡通路が設置されています。
また、鉄塔の長城は展望台になっていて、ここからリスボンの町並みや、サン・ジョルジェ城なども一望することができます。
町に立つ様々な銅像たち
リスボンの町を歩いていると、いろいろなところに銅像が立っています。
良く知られているのが、シアード地区のカモンイス広場とカルモ通りを結ぶショッピングストリート(ガレット通り)にある老舗カフェ「カフェ・ア・ブラジレイア」の前に座っているお洒落な紳士。

彼の名は「フェルナンド・ペアソ」、ポルトガルの詩人です。
ペアソの隣にもう一つの椅子が用意されているのが、粋ですよね。
天気さえ良ければ、ペアソの隣に腰かけて記念撮影する観光客が大勢いるのでしょうけれど、この日は雨で椅子もびしょ濡れ。
実は私もここで写真が撮りたかったのですが、クタクタ過ぎて、断念。(笑)
そして、もう一人が、トリンダーデ・エコーリョ広場にある男性の象。

郵便局員にも見えるし、鉄道駅員さんのようにも見えるこの男性。
現地ではこの銅像がどんな意味を持っているのか理解しないまま、でも、きっと何かの理由はあるはずと思い写真だけ撮ってきました。
帰国後に調べてみると、実はこの方、郵便局員でもなく、鉄道駅員でもなく、バイロ・アルトの名物「宝くじ売り」なのだそうです。
言われてみれば 、、、
右手に持っているのは宝くじなんですね!
そして、ポルトガルの旅は続く
サンタ・ジェスタのエレベーターの頂上で町並みを眺めた後、バイロ・アルト地区へ続く連絡橋を渡り、カルモ教会の裏を通ってサン・ロケ教会へ向かいました。
が、もう、とにかくヨーロッパは「教会」まるけです。
外国の方も日本へ来たら「神社やお寺まるけ!」って思うのでしょうか、、。(笑)
信仰の大切な場所なのでこんな言い方をするのは失礼なのですが、観光客としては教会は少々見飽きてしまっているので、その教会も内部の見学はせず通過。
しかもこのとき、朝から降り続いていた雨は激しさMaxになっていて、ついに心身ともに力尽きた私たちは、このサン・ロケ教会でリスボンの観光を終了することに。
その先、サン・ペドロ・テ・アルカンタラ展望台や、ケーブルカー「グロリア線&ラヴラ線」、日本にもゆかりのある作家、ヴェンセスラウ・テ・ソウザ・モラエスの生家を周る予定でしたが、お天気さえ良ければ、という悔しさが残るリスボン観光でした。
さて、次回はリスボンから少し足を延ばして、「オビドス(Obidos)」と「アルコバサ(Alcobaca)」を訪ねます。
谷間の真珠と呼ばれ、歴代王妃に愛されたと言われるオビドス、悲恋物語の主人公が眠る修道院があることで知られるアルコバサ。
お楽しみに。
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